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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)89号 判決

原告 日立工機株式会社

被告 東京法務局供託官 外一名

訴訟代理人 野崎悦宏 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

(原告)

第八九号事件につき、「被告が原告に対し昭和四一年五月二七日でした三菱信託銀行株式会社発行に係る貸付信託受益証券(第一二一回ろ号・ろ5B第一二一三三号、額面金額一万円)に附着された昭和四〇年一〇月一〇日渡分および昭和四一年四月二〇日渡分の各収益票払渡請求却下処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第九、六三七号事件につき、「被告は原告に対し前記請求の趣旨第一項前記収益票を引き渡すこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

(被告ら)

第九、六三七号事件につき、本案前の申立てとして「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第八九号事件並びに第九、六三七号事件につき、主文と同旨の判決並びに第九、六三七号事件につき敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二、原告の請求原因

一、原告は、昭和四〇年四月二日、東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第二八三三号不動産仮処分申請事件について、堅山一好のために、保証金に代えて三菱信託銀行株式会社(以下、三菱信託銀行という。)発行に係る貸付信託受益証券(第一二一回ろ号・ろ5B第一二一三三号、額面金額一万円)一枚を東京法務局に供託し(供託番号昭和四〇年度証第二六号)、昭和四一年五月二六日同法務局に対し右受益証券に附着されていてすでに支払期の到来している昭和四〇年一〇月二〇日渡しと昭和四一年四月二〇日渡しの各収益票の払渡しを請求したところ、第八九号事件の被告は、同年五月二七日付で、収益票は、受益証券から分離独立した有価証券ではないとの理由によつて、原告の請求を卸下する旨の処分を行なつた。

二、しかし、右却下処分は、次に述べる理由によつて違法である。

(一)  収益票は、有価証券である。

(1)  収益票は、当該計算期日における具体的権利としての収益分配請求権を表彰する証券である。

貸付信託法(以下法という。)上、信託契約に基づく受益権、すなわち、信託財産の合同運用によつて生ずる収益の分配請求権と信託契約終了時における元本の償還請求権は、受益証券によつて表示されることとなつている(二条二項参照)が、そもそも、収益の発生が当期の業績如何によつて左右され、しかも、その金額も計算期日においてはじめて確定するのであるから、収益分配請求権には、計算期日における収益の存在を停止条件として収益の分配を受けうるという一種の期待権にすぎない債権と、すでに右停止条件の成就によつて確定した一定額の収益の分配を受けうるという具体的な権利としての債権とがあり、両者は、その本質上別異の権利であつて、区別して取り扱わなければならない。ところで、法が前叙のごとく元本償還請求とともに収益分配請求権を受益証券によつて表示せしむ求こととしたのは、貸付信託制度が重要産業の必要とする長期資金を一般投資家より募集することを目的とするものであるところから、単なる期待権であつて「いまだ行使することができない」期待権としての収益分配請求権について、それを第三者に譲渡する方便を講ずることによつて一般投資家の投資を安全かつ容易ならしめんとする趣旨にほかならないのである。したがつて、前記法二条二項の規定は、かかる期待権としての収益分配請求権だけを元本償還請求権とともに受益証券によつて表彰させることとしたものであつて、「直ちに行使することができる」具体的権利としての収益分配請求権は、受益証券に附着された収益票によつて表彰されるものというべきである。若し、被告のように、具体的権利としての収益分配請求権が受益権の一部を構成し、収益票は有価証券でないと解すれば、具体的権利としての収益分配請求権からその譲渡性を奪い、一般投資家の利益のために権利の証券化を図つた法の趣旨が没却される結果となる。それ故、収益票は、当該計算期日における具体的権利としての収益分配請求権を表彰する有価証券であるというべきである。

(2)  また、収益票は、有価証券としての記載に欠けるところがない。

本件収益票は、三菱信託銀行が大蔵大臣の承諾を受けて作成した〈証拠省略〉の貸付信託約款(以下約款という。)に基づき、受益証券の下部に本券から分離できるようにこれに附着して発行されたものであり、その表面には(イ)受託者の商号「三菱信託銀行株式会社」、(ロ)券面金額「金一万円」、(ハ)収益支払期日「毎年四月二〇日および一〇月二〇日」、(ニ)記号「第一二一回ろ号」・番号「ろ5B第一二一三三号」なる事項が記載されている。もつとも、当期に分配されるべき収益の金額そのものは、証券面に記載されてはいないが、文言性は有価証券一般の要件ではないから、右の記載がない故をもつて収益票の有価証券性を否定することは許されないのみならず、右請求金額の記載を欠くことによつて生ずる有価証券性の稀薄化は、約款八条二項が収益票について除権判決の途を開いていることと、約款二〇条本文が収益は収益票と引換えに支払うものとするとしていることによつて、完全に補なわれているものというべきである。

(二)  仮りに、収益票が有価証券でないとしても、供託法の規定に照らして、収益票の払渡請求は、容認されるべきである。

供託による担保権の範囲は、供託物の元本に限られ、元本から生ずる利息や元本の運用によつて生ずる収益等は、担保権の範囲に属させず、供託者が当然にこれを取得しうるのである。この場合、利息、収益等の払渡請求がなんらかの証券によつてなされるべきものとされているときは、当該証券が有価証券であるかどうかにかかわらず、供託者は、まず供託所からその証券の引渡しを受けるのでなければ、利息、収益等の払渡しを請求することができないのであるから、利札の払渡手続を規定した供託規則三六条の規定は、単に有価証券たる利札の払渡手続にどどまらず、利息、配当等の払渡請求に証券の呈示を必要とするすべての場合の手続について規定したものと解するのが相当である。

以上のとおり、収益票は有価証券であり、仮りに有価証券でないとしても、供託法の規定に照らして収益票の払渡請求は容認されるべきであるから、原告は、第八九号事件の被告に対してその却下処分の取消しを、また、第九、六三七号事件の被告に対して右却下処分に係る各収益票の引渡しを求めるため、本訴に及んだ。

第三、被告らの答弁

一、第九、六三七号事件についての本案前の抗弁

原告が本訴において引渡しを求める各収益票に係る抗告訴訟は、現在当審に係属中であるから、この結果をまたずに被告に対して直接右各収益票の引渡しを求めるために提起された通常の民事訴訟たる本件訴えは、不適法として却下すべきである。

二、第八九号事件並びに第九、六三七号事件についての本案の答弁

原告主張の請求原因事実はすべて認めるが、その法律上の主張は争う。

(一)  収益票は、有益証券ではない。

本件のごとき無記名式受益証券が受益権を表彰する有価証券であることは、法八条および一〇条の規定に徴して、明らかである。ところが、収益票そのものは、分配されるべき当期収益の金額の記載がないために、収益分配請求権の存否および内容は証券の記載のみでは不明であつて、すべて証券外の事実にかかつており、社債の利札のごとく、履行期や支払金額が明示されていて、それだけで権利の内容を理解することができるものとは著しく趣を異にしているのであるから、これを受益証券より分離独立した有価証券であると認めることは、到底許されない。

したがつて、収益分配請求権は、それが具体的な権利として、確定したものであるかどうかにかかわらず、すべて、元本償還請求権とともに、受益証券によつて表彰され、具体的権利としての収益分配請求権も、収益票と一体をなす受益証券によつて行使するほかはないのである。約款二〇条が収益票と引換えに収益を支払う旨規定しているのは、収益の支払いが集団的かつ大量的に行なわれるので、その便宜と確実性を期するためであつて、原告のいうような具体的権利としての収益分配請求権の譲渡・流通とは、本来無関係である。かように、収益票は、有価証券ではなくしてせいぜい免責証券にすぎないものであるから、収益票を喪失した場合に除権判決を求めることができるとした約款八条二項の規定の合理性は、極めて疑わしいのであるが、それはともかくとしても、この規定がある故をもつて収益票が有価証券であると解することは、許されないといわなければならない。

(二)  収益票が有価証券でない以上、その払渡請求は、却下を免がれない。

供託法四条は、保証として有価証券を供託した場合に、供託者はその利息又は配当の払渡しを請求することができる旨規定しているが、この規定は、利息等の金銭を直接請求することを認めたものではなく、供託規則三六条の規定にみられるごとく、国債および社債等の利札のような法律上本券と独立して各期における利息支払請求権等を表彰し、分離して行使・譲渡の対象となりうる有価証券の払渡しを認めたにとどまり、有価証券でない収益票は、払渡請求の対象とはなりえないのである。

原告は、収益票が有価証券でないとしても、供託規則三六条にいう「利札」に該当すると主張する。しかし、通常、利札とは、無記名の国債や社債にみられるような証券に附着して各期の利息債権を表彰する無記名証券であり、券面上に利息の支払時期、金額が記載され、所持人において当期分を切り離し、支払場所でこれと引換えに利息の支払いを受けうることのできる有価証券であると解されており(商法三一五条参照)、このことは、供託規則三六条にいう「利札」についても、同様である。そこで、元来有価証券としての性質を有しない収益票が、別段の規定もないのに、右規則の「利札」に含まれると解することは、ただに合理的根拠を欠くばかりでなく、いたずらに手続の混乱を招く結果となり、到底、許されないとこである。また、供託官は、会計法上、保管物取扱主任官として有価証券の取扱権限が与えられているにすぎないので、収益票が受益証券から切り離されることによつて有価証券でなくなれば、その払渡しは、保管物取扱主任官の権限に属さないこととなつて、供託官が収益票の払渡請求に応じられないということからしても、原告の右主張は、失当たるを免がれない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

原告が昭和四〇年四月二日東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)匂第二八三三号不動産仮処分申請事件につき堅山一好のために保証金に代えて三菱信託銀行発行に係る貸付信託受益証券(第一二一回3号・35B第一二一三三号、額面金額一万円)一枚を東京法務局に供託し(供託番号昭和四〇年度(証)第二六号)、昭和四一年五月二六日同法務局に対し右受益証券に附着されていてすでに支払期の到来している昭和四〇年一〇月二〇日渡しと昭和四一年四月二〇日渡しの各収益票の払渡しを請求したところ、第八九号事件の被告が同年五月二七日付で収益票は受益証券から分離独立した有価証券ではないとの理由によつて原告の請求を却下したことは、被告らの認めるところであり、右の却下が抗告訴訟の対象たる行政処分であることは、最高裁判所昭和四五年七月一五日大法廷判決(裁判所時報第五五〇号一二頁)に照らして明らかであり、また、成立に争いのない〈証拠省略〉によれば、本件各収益票は、受益証券の下部に附着し、これと一体として発行された証券であることが認められる。

(一)  そこで、まず、本件各収益票が有価証券であるかどうかについて判断することとする。

貸付信託法の規定によれば、受益証券は、貸付信託に係る信託契約に基づく受益権を表示するものであり、(二条二項参照)受益権の譲渡および行使は、記名式の受益証券によつて表示されるものを除いては、受益証券をもつてしなければならず、受益証券は、無記名式を原則とし(八条一、二項参照)、これに記号、番号、信託約款、受託者の商号、券面金額、信託の元本の償還および収益の分配の時期、場所等所定の事項を記載しなければならない(同条四項参照)こととなつているので、本件のごとき無記名式の受益証券が受益権を表彰する有価証券であることは、疑いがない。ところで、右の受益権とは、信託契約に基づき受益者が取得する権利の総称であつて、主として、信託財産の合同運用によつて生ずる収益の分配請求権と信託契約終了時における元本の償還請求権とで構成されているものであるが、もともと、収益は、法三条二項の規定に基づき設定された約款の定める年二回の計算期日に益金が生じた場合において、その総益金から租税、公課その他信託事務の処理に要した諸費用を控除した額を元本に応じて各受益者に分配されるものであるから、信託契約によつて受益者が取得する収益債権には、原告主張のごとく計算期日における収益の存在を停止条件として収益の分配を受けるという一種の期待権としての債権と、すでに右の停止条件が成就したことによつて発生し、かつ、その金額も確定している収益の分配を受けうるという具体的権利としての債権とがあるものといわなければならない。しかし、法はもとより約款も、収益票の記載要件についてはなんら規定するところはなく、本件各収益票にも収益票であることの表示、受託者の商号、受益証券の券面金額、収益支払時期、記号、番号が表示されているにすぎず、当期において分配されるべき収益の金額そのものの記載を欠くことは、原告の自認するところであり、かかる表示をもつてしては、証券上、収益分配請求権を特定することはできるが、具体的権利としてのそれについても、権利の内容を理解することが不可能であつて、権利の内容は、証券外の事実に係つているものというべく、しかも、権利の発生の有無および金額の多寡そのものが各計算期日毎に異なることからみて、また、権利の行使と証券の利用の関係についても、約款に「収益は……収益票と引換に……支払う。」との規定がある(二〇条本文参照)のみで、受益証券に関する前記法八条一項のごとき権利の譲渡および行使は証券をもつてしなければならない旨の規定が設けられていないことに徴すれば、たとえ被告らのように文言性が欠如する一事をもつて有価証券性を否定することは、妥当でないとしても、収益票は、単なる免責証券たるにとどまり、原告主張のごとく独立して具体的権利としての収益分配請求権を表彰する有価証券であると認めることは、到底、許されず、収益分配請求権は、これが具体的権利として確定しているものであるかどうかを問わず、すべて、元本償還請求権とともに受益証巻によつて表彰され、具体的権利としての収益分配請求権を行使するためには、収益票と一体として発行された受益証券をもつてするよりほかなく-もつとも、収益の支払いを受けるにあたり、予め収益票を受益証券から分離して呈示することは差支えないが-収益票のみを単独で行使することは、法律上認められていないものと解するのが相当である。原告挙示の〈証拠省略〉は、右の解釈の妨げとなる資料とはいい難く、また、約款八条二項の規定によれば、収益票に公示催告手続が認められることとはなつているが、同条自体、受益証券喪失の場合と収益票喪失の場合とを区別し、後者の場合に公示催告手続が行なわれるのは、当該受益者が証券を喪失したときに限り、かつ、証券の再交付は行なわないこととしているのみならず、実務上除権判決の対象は必ずしも有価証券のみに限定されていない当裁判所に顕著な事実に徴すれば、単に約款の規定によつて収益票に公示催告手続が認められている故をもつて、収益票が有価証券であると解すべき論拠とはなしえず、この点に関する原告その余の主張も、所詮、立法論の域を出ないものであつて採用の限りでない。

(二)  次に、収益票が有価証券でないにもかかわらず、収益票の払渡請求は、供託法の規定に照らして容認されるべきであるかど

うかについて判断する。

供託法四条は、保証として、有価証券を供託した場合に、供託者はその利息又は配当の払渡しを請求することができる旨規定しているが、この規定は、利息又は配当について直接金銭の支払いを請求することを認めたものではなく、供託規則三六条の規定するごとく、国債、社債等の利札のように法律上本券と独立して当該期日における利息、配当の支払請求権を表彰し、分離して譲渡および行使することができる有価証券(商法三一五条参照)の払渡しを認めたにとどまり、有価証券でない収益票は、払渡請求の対象とはなりえないものというべきである。この点に関する原告の主張は、独自の見解に基づくものであつて、排斥を免がれない。

(三)  されば、本件各収益票の払渡請求却下処分には違法の瑕疵がないので、原告の請求は、いずれも、その理由がないものとして棄却することとする。なお、第九、六三七号事件につき、被告は本案前の抗弁を提出しているが、本訴は行訴法一九条一項の追加的併合と認めるべきであつて、右抗弁は採用するここができないので、同事件についても、前寂のごとく本案の判断をした次第である。

よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 竹田穣)

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